『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』
よく、誤って解釈されている例として挙げられる福沢諭吉の言葉です。一見、「人は皆平等」と言っているように見えますが違います。実は、「そんな風に人に差を造っているのは、天ではなく自分だよ」と言っています。具体的には、学問に励んだか否かで差が生じるのだ、という言葉です。
現代文の授業でプロレタリア文学を扱うことがあります。その際、文学史的な知識として、資本主義や共産主義の話まで拡大して教えるようにしています。もちろん、当時は資本主義の黎明期でもあり、階級間格差とその固定化が深刻な社会問題でしたから、上記のように、学問をしたからすぐに人の上に立てる、といった単純な話ではありませんでした。しかし、現代の我々の世代ならば、向上心を持って学問に励む人は、それなりに報われます。逆に、励まなければ失うものも多く、生来の立場に安寧していることもできないという状況です。
こんな中で、君たちは今、進路を考え、大学受験をしようとしています。
さて、君たちは、仕事とは何かを考えたことがあるでしょうか?
ともすると、「生活費を稼ぐための手段」と考えがちな人が多いような気がします。もちろん生活費を稼ぐことは大切ではありますが、それだけで40年以上にわたって苦行に堪えることは困難です。
本質的なことを言えば、仕事とは、「社会的に価値を創出する」ことです。作りだした価値の分だけ、対価として収入を得ることができます。仕事について考える、ということはすなわち、自分が社会に生み出す付加価値をどういったものにするのか、を考えているのだと思ってください。教師なら、教え子の成長が付加価値です。医師なら、患者の健康が付加価値です。皆、何かしら社会にとって有益であるものを生み出しているからこそ、その対価を受けとることができています。
また、仕事は一生を賭けて極めていくことであるため、自身のアイデンティティの根幹をなす要素となります。よって、単純に考えるならば、「自分にしかできない仕事」をした場合、対価も多く満足度も高くなり、「誰にでもできる仕事」をした場合、対価が少なく満足度が低くなる、という傾向が考えられます。『セメント樽の中の手紙』に描かれた『人間疎外』の状況がもたらす苦痛は、肉体的なものだけではありません。自分がちっぽけな歯車でしかない、という思いは精神的にもこたえます。
昨今の教育改革で言われているのは、この求められる学問の姿が変化してきているということです。詰め込み型の受験偏重の教育では、学問に励んだところで、社会に出てから役に立たない、と言われるようになりました。AIが発達し、シンギュラリティが近づいていると言われる今、かつての職業の大半が、成立しなくなるとも言われています。だからこそ、人間にしかできない仕事を創出しなければなりません。探究学習などでアクティブラーニングを導入していっているのは、そのためですね。
こういった活動への取り組みは、学校によってまちまちですし、どこの学校の先生も手探りの状態です。なんなら、新型コロナウィルス禍の中でグループ活動が制限されていましたから、数年前から後退してしまっているようにも思われます。しかし、未来に訪れるであろう社会の変化がなくなったわけではありません。従来型の学習と比べると、軽視しがちな傾向にあるように思われますが、新たな学問(学習)の形をイメージして学び続けることには価値があると思いますよ。
ただ、だからといって、従来の学問をおろそかにするわけにもいきません。土台となる知識や考え方が身についていない状況では、結局、「AIを使う人間」になることはできず、「AIに使われる人間」になってしまいます。また、探究活動でディスカッション技術をいくら磨いたとしても、そこで発信する中身がなければ、「口先だけの人間」になってしまいますね。
君達の将来はそれぞれです。皆、それぞれの世界で活躍することになります。だから、そのために学ぶ学問も大学以降は同じではなくなってきます。進路について考える際、期限に迫られてなんとなく決めるのではなく、未来のために学ぶものを選ぶ、という意識を持ちましょう。そして、選ぶためにはまず、一歩踏み出すことが重要です。自分勝手に分かった気になっていては、後から後悔することになりかねません。少しでも多くの情報を得られるように、体験を増やしていきましょう。情報系の仕事を考えているならプログラミング言語を学んでみる、医療系の仕事を考えているならボランティアなどに応募してみる。そういったアクティブな姿勢こそが、AIには真似のできない営みだと言えます。
ちなみに、私の経験上、努力を努力と感じないことを仕事にするのが、幸福への一番の近道です。私自身、国語教師としてたくさんの文章を読む必要がありますが、本を読むのは昔から大好きでした。まるで苦になりません。また、文章を書くことも好きでした。今、こうやってブログを書いていても、寝食を忘れて没頭してしまいます。周囲の人からは「すごいなぁ」とか「大変だなぁ」とか言われますね。でも、自分にとっては当たり前なのです。そういったことを仕事にできると良いと思いませんか?
そのためには、やはり一歩踏み出すことです。いろんな体験をし、いろんな本を読み、何が一番自分に向いているのかを検証していきましょう。
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